ラストブルートレインの旅情

アイデア: 写真撮影のアクセントライト、寝台車の身の回りライト、ベッドライト、旅の行燈

人々を素早く大量に輸送できる新幹線が南は九州、北は北海道まで伸びた今、「ブルートレイン」と呼ばれる夜行の寝台急行たちは活躍の場所を失い、ついに今年3月に最後のブルートレイン「急行はまなす」がその役割を終えて姿を消すことになります。今回は、10歳にして「鉄」の息子が、「どうしても引退前に乗りたい」と強く希望したのでプランした旅行ですが、私も幼いころはブルートレインで東京から八戸まで寝ていったり、修学旅行で博多から東京まで寝て帰ってきた懐かしい記憶を持っています。そんな二人とenevu キューブの3人組が行く、出発から帰宅まで24時間の旅でした。

渋谷駅→羽田空港→新千歳空港→JR札幌駅

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金曜日の夜10時発の「急行はまなす」に乗り込むために、羽田発4時半のフライトに合わせて、自宅を2時半に出発してリムジンバスに乗り込んだ二人組。JAL、快速エアポートと乗り継ぎ、JR札幌駅までひたすら移動です。

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札幌駅に到着した夜7時過ぎ頃、駅前は上質の粉雪に包まれていました。夕食をとるまえに、息子と雪遊びをしながら、彼がenevu CUBEで面白い事を思いついたのでカメラを用意します。

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どこかの観光客かカップルが残していったのでしょう。小粋なミニ雪だるまを旅路をともにするわれら仲間たちに見立てて、一枚撮ります。

JR札幌駅→JR青森駅

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食事を終えてから、ドキドキする気持ちを抑えきれずに、寒さの中ホームで待っていると、午後10時出発の「急行はまなす」が定刻通り入ってきました。

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いよいよ、乗り込む「ラストブルートレイン」、長年働いてきた車両は、ところどころ傷だらけとなり、塗り重ねられてきた青い塗料が歴史を感じさせます。そんな感慨に浸る間も無く、自らを「車両鉄」と呼ぶ息子に付き合い、最後尾の車両から、最前列の車両まで中をしっかり観察していきます。

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写真で見るとアッという間ですが、実は編成車両の一番後ろから一番前まで、全車両のディテールまで細かくチェックしながら、2往復もして息切れしています・・・。こちらが今夜の「素泊まり宿」となる、「B寝台」。一か月前の発売日にみどりの窓口に朝いちばんに並び、それでも危うく取り損ねたいわくの座席です。

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客車と同じく青く塗られたDD51ディーゼル機関車は、雪の中を、静かに力強く、列車を引っ張りズンズンと進んでいきます。なんと働き者なんでしょう。

「さあ、じっくりとブルートレインに関する思い出でも息子と語ろう」と、楽しみに寝台に戻ってきたところ想定外の事態が発生。

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息子は、「小学生鉄は、大人鉄や駅鉄じゃないから、早く寝させていただきます」と言い放ち、そのまますぐに寝てしまいました・・・。

旅先へ持っていける現代版「行燈」

独り残された私は、相棒のCUBEと一緒に車窓の旅へ・・・。デザイナーのロレンツォが障子をイメージしただけあって、デフューザーが日本の慕情に合った、良い雰囲気を演出してくれます。

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そして眠くなったので、そのまま枕元のベッドライトへ。今回のような、スペースに全く余裕の無い鉄道の旅行で使ってみてわかりましたが、このライトの使い方は、江戸時代の「行燈」に近いかもしれません。そのうち我が家の家紋をいれてみようかしら。

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翌朝の6時過ぎ、列車は青森駅に到着。また一日、引退の日が近づいていきます。

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途中でバトンタッチした電気機関車のED79もお疲れさま。もう少し頑張ってね。

より遠くへより速く、大量に乗客を運ぶ。鉄道が抱える宿命はそれぞれの時代で名列車を誕生させ、そして鉄道技術の進歩は一つの時代を終わらせて先へ先へ進んでいきます。ブルートレインに置き換わる新幹線も、いつかはリニア新幹線に置き換わる日が来るのでしょう。息子も大人になって自分の家庭を持った時、自分の子に「昔は、列車の中で寝て移動していたんだよ?」なんて語るのでしょうか。古き良きものは消えていきますが、きっと語り継がれた心の中にブルートレインは走り続けます。

 


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